551蓬莱と蓬莱本館の違いとは?味・歴史・買える場所の真相
551蓬莱と蓬莱本館の違いとは?味・歴史・買える場所の真相について知っておくべき 理由を分かりやすい構成で解説いたします。
「551蓬莱」と「蓬莱本館」の違いを理解するうえで欠かせないのが、株式会社蓬莱の創業の経緯と、昭和30年代に起きた劇的な事業分割のドラマです。
終戦直後の1945年(昭和20年)10月、台湾出身の羅邦強氏、林昭憲氏、蔡水現氏、林世浩氏の4人が、焼け野原となった大阪・難波の一角に共同で開いた中華料理店「蓬莱食堂」がすべての始まりでした。戦後の食糧難のなか、手軽にお腹いっぱい食べられるようにと1952年に販売を開始した「豚まん」が爆発的な大ヒットを記録し、店は連日長蛇の列で賑わうことになります。
ところが1962年、店舗が火災に見舞われるという不測の事態が発生。これを契機に創業メンバー間で将来の事業展開をめぐる協議が行われ、1964年(昭和39年)に3社への分割独立(のれん分け)が正式に決定されました。
- 株式会社蓬莱(551蓬莱):創業者の一人・羅邦強氏が引き継ぎ、テイクアウトの豚まん実演販売と直営レストランを展開。「味と鮮度を最優先」にするため、工場直送の手包み体制を構築。
- 株式会社蓬莱本館:林昭憲氏が引き継ぎ、難波での大型レストラン経営のほか、いち早く冷凍技術や量販店向け卸売ルートを開拓。全国のスーパーや通販へ販路を拡大。
- 株式会社蓬莱別館:蔡水現氏が引き継ぎ、中華宴会料理やレストラン事業を中心とした独自展開を歩む(※豚まんの全国流通や大々的な多店舗展開は行っていません)。
このように、「蓬莱」の屋号を共有しながらも、目指す経営戦略と提供価値の違いによって3社はそれぞれ独自の進化を遂げていきました。私たちが日常的に目にする「店頭行列の551」と「スーパーの棚に並ぶ蓬莱本館」の併存は、半世紀以上前に下された事業戦略の分岐点が生み出した結果なのです。