哀しみのベラドンナ』はなぜ虫プロを倒産させた?衝撃の真相を徹底解説

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『哀しみのベラドンナ』は、虫プロダクションが大人向けのアニメーション市場を開拓すべく打ち出した「アニメラマ(Animerama)三部作」の最終作として制作されました。先行する第1作『千夜一夜物語』(1969年)、第2作『クレオパトラ』(1970年)はいずれも大ヒットを記録し、興行的な成功を収めていました。しかし、1973年6月に封切られた本作は興行的に大苦戦を強いられ、同年11月5日に虫プロダクションは負債総額約3億5000万円を抱えて不渡りを出し、事実上の倒産に追い込まれます。

この劇的な時系列の一致から、映画ファンの間では「ベラドンナの赤字が虫プロを潰した」という言説が定説のように語られてきました。しかし、山本暎一監督の自著『虫プロの疾走 アニメーションに見た夢』や当時の財務資料を検証すると、経営破綻の構造的な原因は別の場所に存在していたことが分かります。

当時の虫プロは、テレビアニメの量産体制による人件費の高騰、労働組合との激しい対立、さらには劇場作品や新規事業への過剰投資が重なり、すでに経営母体が致命的な危機に瀕していました。手塚治虫は1971年に虫プロの社長を辞任し、自身の個人スタジオである手塚プロダクションへと活動拠点を移しています。実質的に手塚の手を離れ、山本暎一監督が全権を握って芸術至上主義を貫いた本作の制作費は当時の金額で約1億3000万円に達しましたが、それはすでに沈みかけていた巨船における最後の決定打の一つに過ぎませんでした。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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