アビ・ア・ラ・フランセーズとは?18世紀宮廷服の構造と歴史を徹底解剖
アビ・ア・ラ・フランセーズとは?18世紀宮廷服の構造と歴史を徹底解剖の重要なポイントについて、分かりやすい解説を詳しくお届けします。
アビ・ア・ラ・フランセーズは、一朝一夕に完成したものではありません。17世紀後半の絶対王政期から18世紀末の市民革命に至るまで、政治体制や美意識の変化と連動して劇的な変遷を遂げました。
起源となったのは、ルイ14世の時代(17世紀後半)に軍服のカザックから発展した「ジュストコール(Justaucorps)」です。当時のジュストコールは丈が長く、全体的に重厚で直線的なシルエットを持ち、絶対君主の威厳を誇示する武骨な男性美が前面に出ていました。
これがルイ15世の治世(18世紀半ば、ロココ全盛期)に入ると、宮廷文化の主役が厳格な儀礼からサロン文化へと移行。衣装は一気に軽快で優美な「アビ」へと洗練されていきます。金糸・銀糸の浮き彫り刺繍(ブロドリー)、花柄のリヨン絹織物、華やかなパステルカラーが好まれ、ロココ調メンズファッションの頂点を迎えました。
しかし、18世紀後半(ルイ16世期)になると、イギリスから機能的な乗馬服(フロックコート)の流行が流入。アビの前裾は大きく後ろへとカーブを描いて削ぎ落とされ、ヴェストの着丈も短縮化が進みます。
そして1789年のフランス革命が決定打となります。貴族特権の象徴と見なされたアビ・ア・ラ・フランセーズとキュロットは完全に排除され、市民階級を象徴する長ズボン(パンタロン)と簡素なウール製ジャケットの時代へと服飾史は激変していきました。