三角縁神獣鏡は卑弥呼の鏡か?黒塚古墳と科学分析が暴く邪馬台国の謎

三角縁神獣鏡は卑弥呼の鏡か?黒塚古墳と科学分析が暴く邪馬台国の謎とは一体何なのか? 専門的な分析を整理してお届けします。

学界におけるもうひとつの大激突が、舶載説(中国製説)と国産説(倭製説)の対立です。この論争は単なるモノの原産地判定ではなく、当時のヤマト王権がどれほど高度な対外関係と権力構造を持っていたかを証明する試金石でした。

舶載説の金字塔を打ち立てたのは、考古学者・小林行雄氏が1950年代に提唱した「同笵鏡分有論(どうはんきょうぶんゆうろん)」です。同笵鏡とは、同一の鋳型(笵)または同じ母型から作られた兄弟鏡のことを指します。小林氏は、同一の鋳型から鋳造された鏡が近畿の大和政権中枢から関東、東海、瀬戸内、九州に至る広範囲の首長墓へ分かち与えられている点に着目しました。「大和の大王が魏から下賜された貴重な鏡を、同盟を結んだ各地の有力首長に威信材として再配布したことで、初期ヤマト王権の政治的統合が成立した」というこの仮説は、戦後日本古代史の定説として教科書にも広く採用されることになります。

この同笵鏡分有論の強固な舞台となったのが、京都府の椿井大塚山古墳です。国鉄の敷設工事に伴い発見されたこの古墳からは、30面以上もの三角縁神獣鏡が一括して出土し、その多くが全国各地の古墳から出土した鏡と同笵関係にあることが判明しました。まさに大和政権による広域ネットワークのハブとして機能していた動かぬ証拠と目されたのです。

これに対し、強烈な異論を突きつけたのが中国の著名な考古学者である王仲殊(おう・ちゅうしゅ)氏でした。王氏は「中国全土の魏領・晋領の発掘調査において、三角縁神獣鏡はただの1面も出土していない」という衝撃的な事実を突きつけます。中国の標準的な鏡(洛陽を中心とする魏鏡)と三角縁神獣鏡では、縁の形状や銘文の文法、神獣の配置法が根本的に異なっており、これは中国本土の鏡ではなく、中国南部の呉の職人が日本に渡来して作ったか、あるいは倭人が自ら模倣して鋳造した国産鏡に過ぎないと主張したのです。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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