錦天満宮の鳥居がビルに刺さる驚きの理由!歴史とご利益・見どころ解説
話題沸騰中の 錦天満宮の鳥居がビルに刺さる驚きの理由!歴史とご利益・見どころ解説について、多角的な視点をご紹介しています。
錦天満宮の起源は、平安時代中期の1003年(長保5年)にまで遡ります。菅原道真公の父親である是善の旧邸「菅原院」跡に創建された歓喜寺がそのルーツです。源融の旧邸跡であった六条河原院の地へ移転した後、道真公を祀る神社として広く信仰を集めるようになりました。
現在地である新京極・錦小路の東端に移転したのは、安土桃山時代の1587年(天正15年)のことです。天下統一を進めていた豊臣秀吉が実施した大規模な京都都市改造計画(寺町通の整備)により、寺社が集約された一角へ移設されました。
明治維新期における「神仏分離令」を経て、寺院である歓喜寺は東山へと移転し、神社である錦天満宮のみがこの地に残ることとなりました。錦市場の発展とともに、学問の神様としてだけでなく、市場の商人たちを守護する「商売繁盛の神様」としての性格を強め、現在に至るまで京都中京区の中心的な守り神として鎮座しています。