インドネシア植民地支配の真相|オランダ350年と日本軍政の光影

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1799年に放漫経営と腐敗によってオランダ東インド会社が解散すると、植民地経営はオランダ本国政府へと引き継がれました。そこで導入されたのが、19世紀のジャワ島農民を塗炭の苦しみに突き落とした「強制栽培制度(カルチュール・ステルフセル)」です。

1830年、オランダ総督ファン・デン・ボスが導入したこの制度は、ジャワ島の農民に対して田畑の5分の1以上を割り当て、コーヒー、サトウキビ、藍(インディゴ)など欧州市場で高値で取引される輸出用換金作物の強制栽培を義務付けるものでした。これによってオランダ本国の財政は大いに潤い、本国の鉄道網建設や債務返済に充てられた一方、現地では以下のような構造的被害が多発しました。

  • 主食である米の作付け制限による深刻な大飢饉:中部ジャワのチレボンやデマックなどでは、換金作物の増産優先により食糧生産が崩壊し、数十万人規模の餓死者・避難民が発生。
  • 徹底的な民族階層社会の構築:最上位の「オランダ人(白人)」、中間管理層としての「外国東洋人(華人・アラブ人)」、最下層の「原住民(イネンダー)」という分断統治が法制化され、教育機会も極度に制限。

当時のオランダ人植民地官僚エドゥアルト・ダウエス・デッケルが「ムルタトゥーリ」の筆名で発表した告発小説『マックス・ハーフェラール』(1860年)には、農民からの牛の強奪や不正な搾取に喘ぐ現地の生々しい悲状が克明に描かれており、欧州本国にも衝撃を与えました。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

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