りあるキッズ子供時代の栄光と転落|天才漫才師の現在と解散の真相
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りあるキッズの誕生は、1996年に遡ります。きっかけは毎日放送(MBS)の特番企画内で行われた漫才オーディションでした。当時、小学5年生(10歳)だった安田善紀は、母親から「ダウンタウンの番組のオーディションがあるで」と声をかけられ、軽い気持ちで会場へ足を運びました。一方の長田融成もまた、周囲の勧めで別々にエントリーしていた一般の小学生に過ぎませんでした。
別々の参加者として審査会場に現れた2人を引き合わせたのが、特別審査員を務めていた島田紳助です。紳助は会場にいた数十人の子供たちの中から、卓越したツッコミの間と滑舌の良さを持っていた安田と、愛嬌のあるボケと華やかな度胸を兼ね備えていた長田を瞬時に見抜きました。その場で「お前ら、二人で組んでやってみぃ」と即席でコンビを組ませたことが、すべての始まりでした。
2人の即興漫才を見た紳助は、その類まれなテンポとリズム感に衝撃を受け、「自分たち大人が束になっても敵わないリズム感がある」「こいつらは本物や」と絶賛。コンビ名を「りあるキッズ」と命名し、吉本興業の所属タレントとして異例のスピードでプロ契約を結ばせました。当時の吉本興業において、ランドセルを背負った現役小学生のプロ芸人は前代未聞の事態であり、関西メディアは「天才小学生漫才師の降臨」と大々的に報じました。
子供時代の2人は、放課後になると制服や私服のままNGK(なんばグランド花月)やうめだ花月の楽屋に入り、宿題を片付けながら舞台袖で出番を待つ日々を送っていました。ダウンタウン、今田耕司、東野幸治といった錚々たるトップ芸人たちが可愛がる中、舞台に上がれば大人の客を相手に本格的な上方しゃべくり漫才を披露。可愛らしさという色物扱いを許さない本格的な話芸のクオリティは、関西演芸界に鮮烈な衝撃を与え続けました。