なぜ嵐『Yes? No? 』は伝説なのか?千手観音とポイ演出の真相を徹底解剖
なぜ嵐『Yes? No? 』は伝説なのか?千手観音とポイ演出の真相を徹底解剖の重要なポイントについて、専門知識を詳しくお届けします。
『Yes? No?』が誕生した2005年は、嵐というグループのクリエイティブが劇的な進化を遂げたフェーズでした。アルバム『One』は、メンバー5人がそれぞれ初めてソロ楽曲の収録に挑戦した作品であり、各々が表現者としての個性を研ぎ澄ませ始めた時期にあたります。松本潤がステージ演出の統轄を本格化させ、大野智が振付の構築に関わり、櫻井翔が自身の言葉でメッセージを紡ぎ出す――まさに「自立したクリエイター集団」への脱皮が図られた過渡期でした。
その完成形を海外のオーディエンスに見せつけたのが、翌2006年の初アジアツアー『ARASHI AROUND ASIA』でした。台北アリーナや韓国・ソウルの地で、言葉の壁を軽々と越えて現地ファンを狂喜乱舞させたキラーチューンこそが『Yes? No?』でした。当時のドキュメンタリー映像や密着特番において、公演直前のバックステージで額に汗を浮かべながらポイの軌道を入念に確かめ合い、ダンスの角度をミリ単位で揃えようとするメンバーの真剣な眼差しが記録されています。その泥臭いまでの修練が、アジア各国での大歓声へと結実した瞬間でした。