石狩川はなぜ「暴れ川」から激変したのか?驚きの歴史と治水対策の真相
石狩川はなぜ「暴れ川」から激変したのか?驚きの歴史と治水対策の真相とは一体何なのか? 主要なファクトを簡潔に解説します。
石狩川の旅は、標高1,967mを誇る大雪山系の名峰・石狩岳の険しい山懐から始まります。岩肌を縫うように湧き出た一筋の水流は、景勝地として名高い層雲峡の巨大な柱状節理を削りながら流下し、道北の中核都市である旭川市へと流れ込みます。
国土交通省水管理・国土保全局の公表資料によると、旭川地区で忠別川や美瑛川といった主要支川を合流させた本流は、神居古潭(カムイコタン)と呼ばれる険しい峡谷の狭窄部を通過します。ここを抜けた水流が石狩平野へと突入し、雨竜川、空知川、夕張川、千歳川など大小1,570以上の支流を次々と集め、石狩湾(日本海)へと注ぎ込みます。
河川規模を示す指標において、石狩川は日本の河川構造の中でも特別な位置を占めています。流路延長は268.2kmで信濃川、利根川に次ぐ全国第3位。そして石狩川流域面積の全国順位は、利根川(16,840㎢)に次ぐ全国第2位(14,330㎢)に君臨しています。この広さは北海道全土の約6分の1に相当し、道内経済の中枢である札幌圏や空知・上川の穀倉地帯を丸ごと抱え込んでいる計算になります。