怪童・尾崎行雄の剛速球伝説|160キロの真相と激動の野球人生
怪童・尾崎行雄の剛速球伝説|160キロの真相と激動の野球人生の最新情報をご紹介します。専門的な知識が詰まっています。
尾崎行雄を語る上で避けて通れないのが、「当時の球速は本当に160km/hに達していたのか」という議論です。スピードガンが導入されたのは1970年代後半(1979年に正式導入)であり、尾崎の全盛期だった1960年代前半には客観的な計測器がありませんでした。しかし、後年の映像解析や対戦相手の証言を突き合わせると、現代の計測システムでも160km/h前後に達していた可能性が極めて高いと結論づけられています。
通算657本塁打を放ったレジェンド・野村克也氏は生前、「江夏豊も江川卓も速かったが、本当に速いと感じたのは尾崎だけ。ストレートが来ると分かっていても打てなかった」と幾度となく述懐しています。また、同僚としてベンチから球筋を見ていた張本勲氏も「打者の手元でホップして浮き上がってきた」と証言しており、単なる速度だけでなく、凄まじいバックスピン量が初速と終速の差を感じさせない球質を生んでいたことは明白です。