社会主義と共産主義の違いとは?資本主義との決定的差と失敗の構造を解剖
社会主義と共産主義の違いとは?資本主義との決定的差と失敗の構造を解剖とは一体何なのか? 専門的な分析を整理してお届けします。
社会主義と共産主義の理論体系を構築したのは、19世紀のドイツの哲学者・経済学者であるカール・マルクスと、盟友フリードリヒ・エンゲルスです。1867年に第1部が刊行されたマルクスの主著『資本論』は、資本主義が持つ構造的矛盾を冷徹に暴き出しました。資本家は労働者を雇い、その労働が生み出した付加価値のうち、労働者の生存に必要な賃金を差し引いた残余(剰余価値)を「利潤」として搾取している――この搾取構造こそが、労働者の貧困化と富の偏在をもたらすと断じたのです。
マルクスは、資本主義の成熟に伴って激化する恐慌と階級闘争により、やがて労働者階級(プロレタリアート)が立ち上がり、ブルジョワ政権を打倒すると予言しました。この過渡期に樹立されるのが「プロレタリア独裁」の政権です。プロレタリア独裁の仕組みと意味は、資本家階級による反革命の動きを武力で鎮圧し、生産手段の公有化を強権的に推し進めるための「労働者による一時的独裁」でした。しかし、この独裁という装置が、のちの歴史において取り返しのつかない悲劇の引き金となります。
1917年のロシア革命によってウラジーミル・レーニンが率いるボリシェヴィキが政権を奪取し、1922年に人類史上初の社会主義国家である「ソビエト社会主義共和国連邦」が誕生しました。だが、レーニン死後に権力を掌握したヨシフ・スターリンのもとで、「プロレタリア独裁」は実質的に「共産党書記長と党官僚による全体主義的独裁」へと変質します。党内の反対派、知識人、富農(クラーク)は容赦なく粛清され、シベリアの強制収容所(グラグ)へと送られました。
第二次世界大戦後、ソ連は東欧諸国を衛星国化してアメリカと並ぶ超大国へと伸長したものの、その屋台骨は内側から腐食していきました。市場の価格メカニズムを持たない計画経済は、国民が求める物資の種類や量を適切に供給できず、商店には連日パンやトイレットペーパーを求める長蛇の列が生じました。1985年に登場したミハイル・ゴルバチョフは「ペレストロイカ(改革)」と「グラスノスチ(情報公開)」を掲げて体制の立て直しを図りましたが、自由化の波はもはや統制不能となり、1991年12月25日にソビエト連邦は解体。壮大な社会実験は74年で幕を閉じました。