なぜ大英帝国は孤立を捨てたのか?19世紀後半「栄光ある孤立」外交の真相
なぜ大英帝国は孤立を捨てたのか?19世紀後半「栄光ある孤立」外交の真相について押さえておきたい 理由を分かりやすい構成で解説いたします。
19世紀の大半を通じて、イギリスがヨーロッパ列強との同盟を拒否し続けた背景には、感情的なプライドではなく極めて冷徹な国益の計算が存在していました。当時のイギリスは、産業革命を世界に先駆けて達成した「世界の工場」であり、ポンドを基軸通貨とする国際金融の中心地でした。この圧倒的な経済的優位性と、世界の七つの海を掌握する海軍力に支えられた覇権体制こそがパクス・ブリタニカです。
この時代を代表するヴィクトリア朝の外交政策において、歴代の指導者たちが最も警戒したのは「他国の戦争に意図せず引きずり込まれるリスク」でした。もし大陸の特定国家と恒久的な軍事同盟を結んでしまえば、自国の直接的な利益に関わらない紛争であっても、同盟義務によって兵力を割かれ、国家財政を浪費することになります。四方を海に囲まれた島国という地政学的アドバンテージを持つイギリスにとって、大陸のいざこざから距離を置くことこそが最善の安全保障でした。
当時のイギリス外交を主導したソールズベリー首相(第3代ソールズベリー侯爵ロバート・ガスコイン=セシル)は、1901年の有名な覚書の中で次のように述べています。「わが国が孤立していると非難されることは多い。しかし、かつて孤立がわが国に危険をもたらした実例を挙げることは極めて困難である」。
彼らが標榜した栄光ある孤立の理由は、自国の海軍力が単独で他国連合を撃破できる水準(1889年海軍防衛法で法制化された「二国標準主義」)にあったからに他なりません。縛られない自由(フリーハンド)を維持し、大陸の勢力均衡が崩れそうになった時だけ介入してキャスティングボートを握る。これこそが、大英帝国が他国と組まなかった合理的理由でした。