『紅の豚』名曲の真相|主題歌・サントラに秘められた哀愁と誕生秘話
『紅の豚』名曲の真相|主題歌・サントラに秘められた哀愁と誕生秘話にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
映画のクライマックスからエンドロールへと繋がる流れのなかで、観客の感情を激しく揺さぶる2曲の歌には、宮崎駿監督と加藤登紀子さんによる知られざる紅の豚曲誕生の真相が存在します。
「時には昔の話を」がエンディングに選ばれた運命的な経緯
一般的に映画の主題歌といえば、作品のために新録・書き下ろしされるケースが大半です。しかし、紅の豚エンディング曲経緯はまったく異なっていました。この楽曲は、加藤登紀子さんが1987年に発表したアルバム『MY STORY/時には昔の話を』の表題曲であり、映画公開の5年も前に存在していたものです。
加藤登紀子さんがラジオ番組や自著で明かした回顧録によると、宮崎監督は映画の構想段階からこの楽曲をカセットテープで繰り返し聴き込んでいました。かつて理想に燃え、がむしゃらに生きた仲間たちが、ひとり、またひとりと去っていった日々――。その時には昔の話を歌詞意味の深奥には、1960年代末の全共闘運動や激動の学生運動を経験した世代の「敗北感と愛着」が色濃く漂っています。
宮崎監督自身もまた、東映動画労組での労働争議やアニメーション変革の理想に燃えた青春時代を過ごしていました。「あの時代に俺たちが夢見たものは何だったのか」という問いを抱き続けていた監督にとって、加藤さんの歌声はポルコの心情そのものであったと証言されています。これこそが、時には昔の話をモデル理由が単なる飛行艇乗りのノスタルジーにとどまらず、昭和を生きた同世代の精神的同調を勝ち得た理由です。
ジーナ役への起用と「さくらんぼの実る頃」の運命
また、加藤登紀子ジーナ声優経歴においても特筆すべきエピソードがあります。宮崎監督からジーナ役のオファーを受けた際、加藤さんは声優初挑戦であることに戸惑いを示したものの、監督の「ジーナはあなたそのものなのです」という強い熱意に応えて快諾しました。
酒場でジーナがフランス語で歌う「さくらんぼの実る頃加藤登紀子」の歌唱は、スタジオの空気感をそのままパックしたかのような生々しい臨場感を放っています。この原曲(原題:Le Temps des cerises)は、1871年に民衆が立ち上がり自治政府を樹立したものの、政府軍によって血の弾圧を受けた「パリ・コミューン」の悲劇と重ね合わされて歌い継がれてきた抵抗と哀悼の歌です。
美しいさくらんぼが実る短い季節の輝きと、それに続く残酷な別れ。この二重写しの構造が、アドリア海の孤島で3人の夫を飛行機事故で亡くしながらも、ポルコの帰還を静かに待ち続けるジーナの毅然とした宿命と完璧に合致します。単なる雰囲気作りのBGMではなく、歴史の痛みを背負った歌の選定こそが、作品に類まれな重みを与えているのです。