有吉弘行が過去に干された真相とは?どん底から再起した理由を徹底解明
有吉弘行が過去に干された真相とは?どん底から再起した理由を徹底解明についての疑問解決ガイドをお届けします。
詳細を見る
有吉弘行の下積みと経歴を語る上で欠かせないのが、1996年に放送された日本テレビ系バラエティ番組『進め!電波少年』のユーラシア大陸横断ヒッチハイク企画です。森脇和成とお笑いコンビ「猿岩石」を組んでいた有吉は、過酷な旅の果てに日本中を巻き込む熱狂を生み出し、凱旋帰国時には西武球場を満員にするほどの社会現象を巻き起こしました。
デビュー曲『白い雲のように』はミリオンセラーを記録し、出版した著書も大ベストセラー。しかし、この狂乱のブームこそが後の転落の序章でした。当時の彼らは「お笑い芸人」として評価されていたのではなく、ドキュメンタリーが生み出した「時代の寵児・アイドル」として消費されていたに過ぎなかったのです。
ブームが沈静化すると、バラエティ番組の現場では純粋なフリートーク力、アドリブ力、ひな壇での立ち回りが厳しく問われるようになります。当時20代前半だった猿岩石には、百戦錬磨の芸人たちと渡り合えるだけの芸歴も地力も備わっていませんでした。「面白いから出ている」のではなく「人気があるから出ていた」という構造が崩壊した瞬間、オファーは潮が引くように途絶え、瞬く間に仕事激減へと追い込まれました。