図越組の起源と現在|京都七条から会津小鉄会を支えた組織の真相

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図越組の歩みは、京都の伝統的任侠組織である「会津小鉄会」の再生の歴史そのものです。幕末の侠客・上坂仙吉(会津の小鉄)を祖とする会津小鉄の名跡は、二代目・木村浅太郎の死後、長らく途絶えていました。この名跡を1975年に約40年ぶりに復活させ、三代目会津小鉄会会長に就任した人物こそが図越利一でした。

図越利一は自身が率いる「中島連合会」および配下の「図越組」を再編し、名門の看板を背負い直すことで、全国の広域暴力団に対抗できる強固な結束を作り上げました。その後、四代目会長には卓越した経済力と交渉力を持つ高山登久太郎氏が就任し、図越利一は総裁として組織に睨みを利かせ続けます。

そして1997年、四代目の引退に伴い、図越利一の実子である図越利次氏が五代目会津小鉄会会長を襲名しました。かつて京都を制裁した図越組の血脈が、正式に会津小鉄会のトップとして受け継がれた瞬間でした。五代目体制下での図越組は、会津小鉄会を支える直系二次団体「三代目図越組」などとして組織図に名を残し、幹事長などの重職を担う中枢派閥として機能しました。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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