T-Bolanメンバーの現在2026|失声症と闘病を超えた奇跡の復活劇
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1990年代前半、B'zやWANDS、ZARDらとともにビーイングブームの中心にいたT-BOLAN。1991年の「離したくはない」のロングヒットに続き、1992年の「Bye For Now」は累計売上140万枚を超えるメガヒットを記録しました。しかし、その輝かしい熱狂の裏側で、森友嵐士の心身は限界に達していました。
年間数十本に及ぶ過密なライブツアー、タイアップ楽曲の連続リリース、そして「完璧なボーカリストであり続けなければならない」という重圧。1995年、突如として森友の喉に異変が起きます。声帯自体には器質的な異常がないにもかかわらず、自分の意志で歌声を発することができなくなる「心因性発声障害」を発症したのです。
森友は当時の手記やドキュメンタリー番組の取材に対し、次のように述懐しています。
「朝起きて声を出そうとしても、息しか漏れない。昨夜まで歌えていたフレーズが、喉の奥で詰まって消えてしまう。医師からは『これ以上歌えば精神が崩壊する』と告げられた。メンバーに申し訳なくて、生きている意味すら見失いかけていた」
1995年3月26日の大阪城ホール公演を最後に、バンドは実質的な活動停止へと追い込まれました。メンバーとスタッフは森友の回復を信じて待ち続けましたが、病状は好転せず、1999年12月に正式解散が発表されます。不仲や音楽性の相違ではなく、「歌えないボーカリストがバンドの未来を縛りたくない」という森友の断腸の決断と、それを受け止めたメンバーの優しさが選んだ解散劇でした。
森友はその後、音楽界から完全に身を引いて山梨県の山中へ移住。土を耕し、自然と向き合う中で自律神経と心のリハビリを続けました。沈黙から14年の歳月が流れた2009年、奇跡的に声を取り戻した森友はソロ活動を再開。これが後のT-BOLAN復活への導火線となりました。