上田晋也はなぜ早稲田を中退したか?名門第一文学部を去った真相と現在
上田晋也はなぜ早稲田を中退したか?名門第一文学部を去った真相と現在について見逃せない 理由を厳選して解説いたします。
くりぃむしちゅーの結成劇において極めて象徴的なのは、上田の早稲田大学中退と有田の立教大学中退が、「互いの退路を断ち切る覚悟の連鎖」によって引き起こされたという事実です。世間一般では「上田が有田に誘われて流された」と受け止められがちですが、実際には両者の知性とプライドが激しく交差するドラマがありました。
当時の有田は、大学の授業に興味を失い、上田の早稲田のアパートに入り浸る生活を送っていました。ある晩、有田が「俺、大学を辞めてお笑いをやりたいんだ」と告げた際、上田は最初「お前、せっかく立教に入ったのにもったいない」と諭したとされています。しかし有田は「晋也が一緒にやってくれないならやらない」と迫りました。互いの才能を誰よりも信じていた二人は、深夜のファミレスで何時間も激論を交わし、最後は「二人同時に大学を辞めて、お笑いの頂点を目指す」という密約を交わしたのです。
1991年、二人は芸能事務所「プライムワン」のオーディションに合格し、コンビ名「海砂利水魚(いざりすいぎょ)」としてデビューを果たします。学歴社会の勝ち組レールを自ら降りた若者二人は、風呂なし四畳半のアパートで貧乏生活を耐え忍びながら、ネタ作りに明け暮れる日々を過ごしました。この強烈な原体験こそが、現在に至るまで一度も解散危機を迎えることなく、強固な信頼関係を維持し続ける最大の土台となっています。