元広島・西山秀二の現在は?中日退任の真相と名捕手の足跡を総力追跡

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西山秀二氏の原点を振り返ると、そのキャリアは「不屈の雑草魂」に彩られています。1985年のドラフト4位で南海ホークスに入団後、1987年オフに広島東洋カープへトレード移籍。名捕手・達川光男氏が君臨する厚い壁に跳ね返されながらも、二軍での猛練習を経て正捕手の座を奪取しました。

西山氏の最大の特徴は、強肩強打に加えて「捕手でありながら俊足であったこと」です。1990年代のカープが誇った機動力野球「ビッグレッドマシン」の中で、下位打線のみならず2番打者としても機能。1994年と1996年にはベストナインおよびゴールデングラブ賞をダブル受賞し、1996年には打率.314を記録してリーグを代表する「打てる捕手」としての地位を確立しました。

項目詳細・数値データ一般的な基準・相場編集部の見解・評価通算成績(19シーズン)1216試合、807安打、47本塁打、284打点、64盗塁、打率.242一軍通算1000試合出場が一流の証捕手で通算64盗塁は傑出。機動力捕手の先駆的存在。キャリアハイ(1996年)打率.314、115安打、3本塁打、41打点、4盗塁規定打席到達での打率3割超え捕手は球界で極めて希少古田敦也氏らと渡り合いベストナイン・ゴールデングラブを奪取。推定最高年俸約8,000万円(1990年代後半のカープ査定基準)当時の市民球団カープにおける野手最高峰クラスFA権取得後も残留を選択し、ファンから絶大な信頼を集めた。巨人移籍と晩年(2005年)自由契約を経て読売ジャイアンツへ移籍、1シーズンプレーし引退ベテラン捕手の控え・第二捕手枠阿部慎之助選手のバックアップおよび指南役としてチームに貢献。

2004年オフに広島を自由契約となった後、読売ジャイアンツへの移籍を決断した際も、「阿部慎之助という球界の至宝を精神面・技術面で支えるベテラン」としての役割を高く買われてのものでした。わずか1年の在籍ながら、その後の巨人コーチ就任へと繋がる強固な信頼を当時の首脳陣から勝ち得ています。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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