ブルーボーイ事件の真相と判決理由|日本初の性転換手術裁判が遺したもの
ブルーボーイ事件の真相と判決理由|日本初の性転換手術裁判が遺したものの概要と注目ポイントを徹底的にカバーしました。
「ブルーボーイ事件」とは、1964年から1965年にかけて東京都内の産婦人科・外科医師が、戸籍上男性である複数のトランスジェンダー当事者に対して性転換手術(精巣摘出・陰茎切断・造膣術など)を実施し、1965年11月に優生保護法違反(正当な理由のない生殖不能手術の禁止)容疑で逮捕・起訴された刑事事件です。
当時の大衆紙や週刊誌はこれを猟奇的スキャンダルとしてセンセーショナルに書き立てました。事件の発端は、手術を受けた当事者のひとりが術後の体調不良や仕上がりの不満から警察へ相談を持ち込んだことでした。警察の捜査により、同医師が十分な精神科的鑑別診断を行わず、1回の手術につき当時としては高額な数十万円の費用を受け取って手術を重ねていた実態が浮き彫りとなったのです。
ここで使われた「ブルーボーイ」という呼称の語源は、イギリスの画家トマス・ゲインズバラの名画『青衣の少年(The Blue Boy)』にちなんで名付けられた仏パリの有名ナイトクラブ「Le Blue Boy」に由来します。昭和30年代の東京・銀座や赤坂のアンダーグラウンド界隈において、女性の装いで接客を行う男性やトランスジェンダー女性を指す俗称として定着していました。この通称が捜査報道を通じて一般に広まり、法医学界・法曹界でも「ブルーボーイ事件」として記録されることになりました。