「右から左へ」から20年、ムーディ勝山が地方で築いた年収と生存戦略
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ムーディ勝山こと勝山慎司の経歴プロフィールを振り返ると、そのブレイクはまさに彗星のごときスピードだった。滋賀県草津市出身の彼は、NSC大阪校25期生を経て2005年にお笑いコンビ「勝山梶」を結成。劇場の合間に出していたピンマイク芸の歌謡ショウパロディが、深夜番組の出演を契機に瞬く間に爆発した。
2007年にリリースされた「右から左へ受け流すの歌」は、着うた配信で200万ダウンロードを記録し、同年の流行語大賞候補にノミネート。年末の『NHK紅白歌合戦』の応援企画にも登場するなど、社会現象へと発展した。この空前の狂乱の中で記録されたムーディ勝山の最高月収は、公称で約640万円に達している。前月まで家賃数万円のアパートで極貧生活を送っていた若手芸人の通帳に、一夜にして数百万単位の報酬が振り込まれる異常事態だった。
だが、極端な消費サイクルの速さは、同時に残酷なカウントダウンの始まりでもあった。歌ネタという単一フォーマットへの依存は、視聴者の飽きを急速に招く諸刃の剣だった。