益子・西明寺の全貌!三重塔と笑い閻魔の魅力・拝観徹底ガイド
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普門院西明寺の草創は、奈良時代の天平9年(737年)に遡ります。聖武天皇の勅願を受けた名僧・行基菩薩が東国巡錫の折、この地に草庵を結び十一面観音像を刻んで安置したのが始まりと伝えられています。その後、平安時代初期の大同年間には、日光山を開山した勝道上人によって再興され、密教の修験道場として発展を遂げました。
中世に入ると、宇都宮氏の重臣であった益子氏の庇護を受け、寺勢は大いに隆盛を極めます。戦国期の兵火や興亡をくぐり抜け、江戸時代には徳川将軍家から寺領を寄進されるなど、格式高い寺院としての地位を確立しました。
寺歴を紐解くと、度重なる火災や戦乱に見舞われながらも、地元豪族や庶民の篤い信仰によって本尊と主要伽藍が守り抜かれてきた事実が浮かび上がります。東国における真言宗豊山派の拠点として、また坂東三十三観音霊場の第20番札所、下野三十三観音霊場の第13番札所として、今なお多くの巡礼者が絶え間なく足を運んでいます。