「朕は国家なり」の真相|太陽王ルイ14世の「レタセモワ」は創作か真実か
「朕は国家なり」の真相|太陽王ルイ14世の「レタセモワ」は創作か真実かにまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。
この言葉が発せられたとされる場面には、緊迫した歴史的背景が存在します。舞台となったのは1655年4月13日、パリの最高司法機関であった高等法院(パルルマン)です。
当時わずか17歳だったルイ14世は、前年まで続いた貴族たちの反乱「フロンドの乱」によって幼少期に命の危機にさらされ、パリからの逃避行を強いられた苦い経験を持っていました。このトラウマから、若き国王は貴族や司法勢力が王権を脅かすことを激しく警戒していました。
王令の登録を巡って高等法院が難色を示した報せを受けた際、ルイ14世はヴァンセンヌの森での狩猟を中断し、乗馬服と泥のついた長靴、手にはムチを持った姿のまま議場に乱入したと伝えられています。議長が「国家の利益」を盾に反論しようとした瞬間、若き王が言い放ったとされるのが「朕は国家なり」という一喝でした。