大政奉還の立役者・後藤象二郎とは?龍馬との絆や華麗なる子孫の謎

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明治新政府が発足すると、後藤は参議として参画しますが、1873年の「明治六年政変(征韓論争)」において、同郷の盟友である板垣退助や西郷隆盛らとともに下野します。政府の専制政治を厳しく批判した彼らは翌年、日本初の政党組織とされる「愛国公党」を結成し、「民撰議院設立建白書」を提出して自由民権運動の口火を切りました。

しかし、板垣が生粋の理想主義者として民衆の支持を集めたのに対し、後藤は常に現実政治のキャスティングボートを握ろうとする戦略家でした。1887年には反政府勢力を結集する「大同団結運動」を主導して一大旋風を巻き起こしながらも、1889年には黒田清隆内閣の逓信大臣として電撃的に入閣を果たします。

この入閣劇は自由党左派や民権派から「変節」「裏切り」と猛烈な批判を浴びました。しかし後藤にとっては、野党の立場で批判を続けることよりも、政府の中枢に食い込んで条約改正や議会開設などの実務を動かすことこそが最善の選択肢だったのです。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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