映画『凶悪』実話のその後|死刑囚と「先生」の現在と戦慄の結末

映画『凶悪』実話のその後|死刑囚と「先生」の現在と戦慄の結末の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。

映画『凶悪』の原作となったノンフィクション『凶悪 -ある死刑囚の告発-』(新潮45編集部編)は、死刑判決を受けて収監されていた一人の男が放った告白から始まりました。事件の発端は2005年、別件の強盗殺人罪などで死刑が確定していた元暴力団組長・後藤良次(ごとう りょうじ)死刑囚が、月刊誌『新潮45』の編集部に宛てて送った一通の手紙です。

後藤死刑囚は手紙の中で、自らが関与しながらも警察が一切把握していない3つの未解決殺人事件が存在すること、そしてそのすべての絵図を描いた首謀者が「先生」と呼ばれる茨城県水戸市の不動産ブローカー・三上静男(みかみ しずお)であることを赤裸々に告発しました。告発された3件の事件は、いずれも社会的弱者や高齢者の資産を巧妙に狙い撃ちにした冷酷極まりないものでした。

1件目は1999年11月に発生した「石岡市高齢男性変死事件(病死偽装)」。借金を抱えた男性の土地資産を奪うため、薬物や暴行を加えて衰弱死させ、病死として処理させました。2件目は2000年7月の「北茨城市男性生き埋め事件」。借金返済に窮した被害者を山中に連行し、スコップで掘った穴に生きたまま埋めて窒息死させた凄惨な事件です。そして3件目が2000年8月の「日立市資産家ウォッカ毒殺事件」。資産家の男性を監禁し、度数の高いウォッカを無理やり大量に飲ませて急性アルコール中毒による病死に見せかけ、保険金と預貯金を詐取しました。

死刑囚の告白を受け取った新潮45の担当記者・宮本太一(みやもと たいち)氏は、半信半疑のまま茨城県へと向かい、現地での徹底的な裏付け取材を開始します。当初、管轄の茨城県警は「死刑執行を先延ばしにするための狂言」とみなして取り合おうとしませんでした。しかし、記者の執念の調査によって被害者の不審死の状況証拠や関係者の証言が次々と合致。雑誌に実名告発の記事が掲載されるや否や世論が沸騰し、動かざるを得なくなった警察が再捜査に乗り出すという、日本の犯罪報道史上極めて稀な展開を辿ったのです。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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