牛に引かれて善光寺参りとは?牛の正体と強欲な老婆を救った真の教訓
牛に引かれて善光寺参りとは?牛の正体と強欲な老婆を救った真の教訓の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。
このことわざの根底にあるのは、長野県信濃地方に古くから伝わる劇的な民話です。舞台は現在の長野県小諸市周辺。そこに、信心のかけらもなく、欲深で近隣からも疎まれていた一人の老婆が暮らしていました。
ある晴れた日、老婆が川辺で大切な白い布を洗濯し、地面に広げてさらしていたところ、どこからともなく一頭の立派な牛が現れます。牛は老婆が目を離した隙に、その白布を長い角に引っ掛け、突如として駆け出しました。強欲な老婆にとって、丹精込めて織り上げた布を奪われることは財産を奪われたも同然です。怒り狂った老婆は、「泥棒牛め、その布を返せ!」と罵声を浴びせながら、一心不乱に牛の後を追いかけました。
牛の足取りは速く、追いつきそうになれば離れ、老婆は我を忘れて山を越え、谷を渡り、走り続けました。日が西に傾き、黄昏が迫る頃、牛は大きな寺院の境内へと滑り込みます。そこが、はるか遠方の信州善光寺の本堂(金堂)でした。
息を切らしながら本堂内に飛び込んだ老婆の前に、信じられない光景が広がります。追いかけていた牛の姿はかき消えるように消滅し、代わりに内陣の奥から神々しい光が放たれました。ふと足元を見ると、牛のよだれが床に落ちて文字を描いており、そこには次のような歌が浮かび上がっていたと伝えられています。
「牛とのみ 思ひなば露違ふべし 仏の心あるにこそあれ」
(ただの牛と思ってはならない。人を救おうとする仏の慈悲の心そのものなのだ)
愕然とした老婆は、自分が布という物質への執着に狂い、いつの間にか仏の御前に導かれていた事実に打ちのめされます。自らの強欲と不信心を激しく恥じ入った老婆は、その場に崩れ落ちて一晩中念仏を唱え続けました。そして後日、奪われた布が小諸の観音堂(現在の布引山釈尊寺)の観音像の肩にかかっているのを発見し、牛の正体が「阿弥陀如来の化身」(あるいは如来の命を受けた観音菩薩の導き)であったことを悟ったのです。老婆はその後、欲を捨てて深く信仰の道に入り、最後は見事な極楽往生を遂げたと伝えられています。