怪談絵本『いるのいないの』トラウマの真相|最後の顔と結末を徹底考察
怪談絵本『いるのいないの』トラウマの真相|最後の顔と結末を徹底考察の見逃せないポイントを一挙に解説しました。
怪談えほん『いるのいないの』が読者の精神を激しく揺さぶる最大の要因は、幽霊や怪物が突然現れて暴れるような分かりやすいショラー描写ではなく、人間の認知心理を巧みに操る構成美にあります。本作のストーリーは極めてシンプルです。訳あって祖母(おばあさん)の古い日本家屋に預けられた男の子が、薄暗く高い天井の梁(はり)に対して言葉にできない不気味さを抱くところから始まります。
この作品において、京極夏彦氏の筆致は徹底して削ぎ落とされています。説明的な言葉を極限まで排除し、短い平仮名混じりの語りで読者の視線を誘導していきます。作中でおばあさんは、天井を怖がる男の子に対してこう言い聞かせます。
「うえを みなけりゃ いいんだよ。みなければ いないのと おなじ」
このセリフこそが、本作に仕組まれた最大の心理的トラップです。心理学において「〜してはいけない」と禁止されるほど逆にその行為に意識が向かってしまう現象をカリギュラ効果と呼びますが、読者もおばあさんの言葉を浴びた瞬間から、男の子と同じように「上を見てはならない」「しかし見ずにはいられない」という逃げ場のないジレンマへと追い込まれます。「いない」と思い込もうとすればするほど、脳内では「いる」という確信が補完されていくのです。
さらに、町田尚子氏による絵画表現がその緊張感を限界まで引き上げます。舞台となる古い平屋の質感、湿り気を帯びた空気、薄暗い電球の光と濃い影のコントラストは、見る者に「自分の住む家、あるいはかつて訪れた田舎の家」を強烈に想起させます。とりわけ卓越しているのが、家の中に佇む飼い猫の視線です。男の子やおばあさんが日常を過ごす傍らで、猫だけは物語の冒頭から一貫して天井の一点を見つめ続けています。動物だけが異変に気づいているという古典的かつ効果的な不穏のサインが、読者の無意識に冷たい緊張感を刷り込んでいきます。