やなせたかしと三越包装紙「華ひらく」に隠された意外な真実とは
やなせたかしと三越包装紙「華ひらく」に隠された意外な真実とはの最新情報をお届けします。最新トレンドがチェックできます。
昭和25年、太平洋戦争の傷痕が残る東京で、ひとつの革新的なプロジェクトが動き出した。当時の三越(現在の株式会社三越伊勢丹)は、戦後の暗い世相を吹き飛ばすような新しいシンボルを求めていた。白羽の矢が立ったのは、洋画家の猪熊弦一郎である。
猪熊はデザインの着想を得るため、千葉の海岸へと足を運んだ。波に洗われ、丸みを帯びた赤い海岸の石。その自然の造形美に強い感銘を受けた彼は、たった一夜で抽象絵画のような図案を描き上げる。生命の躍動と、つぼみが開く瞬間を表現したこの作品こそが、包装紙「華ひらく」の原型となった。
しかし、物語はここで終わらない。キャンバスに描かれた芸術作品を商業用の包装紙へと仕立て上げるには、決定的な要素が欠けていた。それが「Mitsukoshi」のロゴマークである。当時、三越の宣伝部に勤務していた一人の若き社員が、その大役を任されることになる。彼こそが、後に『それいけ!アンパンマン』を生み出すことになるやなせたかしだった。