ふるさとは遠きにありて思ふものの真相|室生犀星の愛憎と哀しき詩の全文
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現在、石川県金沢市の中心部を流れる清流・犀川のほとり、桜橋のたもとに立つと、堂々たる室生犀星文学碑を目にすることができます。1952年(昭和27年)、犀星の功績を称えて建立されたこの文学碑には、彼自身の筆跡によって「ふるさとは遠きにありて思ふもの…」の冒頭部が刻まれています。
自らの筆名に「犀川の星」を意味する「犀星」と名付けるほど、犀星はこの川を生涯愛し続けました。しかし、文学碑の建立式典に出席した当時の犀星が見せた表情は、晴れがましい栄光だけでは説明できない複雑な翳りを帯びていたと伝えられています。かつて自分を差別し、冷遇して追い出した街が、中央文壇で名を成した途端に郷土の誇りとして祭り上げる——その光景を前に、犀星の胸中には過去の痛みが甦らなかったはずがありません。
後年、犀星は故郷との関係についてエッセイの中でこう述懐しています。「金沢を愛し、金沢を憎み、金沢に帰る」。人間を根底から形成した原風景への愛着と、そこに暮らす人間社会への不信。晩年に至るまで、犀星にとって金沢は「ただ懐かしい場所」などという平穏な領域には決して収まらない、生涯にわたって格闘し続けた精神の宿敵だったのです。