東海村Jco臨界事故の写真と記録が語る青い光と被曝治療の真実

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東海村JCO臨界事故の引き金となったのは、高速増殖炉「常陽」向けの濃縮度18.8%という高濃縮ウラン燃料の製造作業でした。事故当日の午前10時35分、転換試験棟の現場で作業を行っていた作業員たちが、7杯目のウラン溶液をステンレスバケツから沈殿槽へ流し込んだ瞬間、青い閃光が走りました。

この青い閃光の正体は、連鎖核分裂によって放出された高エネルギー荷電粒子が媒質(水)中を光速を超える速度で通過する際に生じる「チェレンコフ光」です。臨界の発生とともに沈殿槽からは激しいガンマ線と中性子線が周囲へ放射され、現場のエリアモニター警報が一斉に鳴り響きました。

沈殿槽に最も近い位置でバケツを支えていた大内久さん(当時35歳)、足場の上で漏斗を保持していた篠原理人さん(当時39歳)、そして少し離れた机で記録作業を行っていた横川豊さん(当時54歳)の3名は、急性放射線障害の直撃を受けました。大内さんと篠原さんは直後に激しい嘔吐や失神、急性被曝特有の痛みに襲われ、救急車で国立水戸病院へ搬送された後、千葉市の放射線医学総合研究所(放医研)へと緊急移送されることになります。

臨界状態は約20時間にわたって継続しました。周辺住民約160名への避難要請、半径10km以内の住民約31万人への屋内退避勧告が出されるなど、日本国内で前例のない大規模な原子力緊急事態へと発展しました。最終的には、日本原子力研究所(原研)やサイクル機構の決死隊による「水抜き作業」と「ホウ酸水注入」によって、翌10月1日午前6時30分頃、臨界は完全に収束を迎えました。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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