6月22日は何の日?ボウリング&かにの日の由来と歴史の深層を徹底解剖
6月22日は何の日?ボウリング&かにの日の由来と歴史の深層を徹底解剖とはどのようなものなのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。
古今の歴史公文書や報道アーカイブを検証すると、6月22日は権力の盛衰や国家の命運が激変した「激動の日」であることが浮き彫りになります。
日本史において極めて重要なのが、天正10年6月3日(太陽暦換算で1582年6月22日)の夜です。備中高松城の水攻め陣中にあった羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)のもとに、京都で起きた「本能寺の変」における織田信長討死の急報が届きました。秀吉陣営はこの未曾有の危機を電光石火の講和と「中国大返し」へと転化させ、天下人への階段を一気に駆け上がることになります。まさに日本の歴史が劇的に旋回した震源地が、この日の夜でした。
世界史に目を転じても、6月22日は覇権の崩壊と戦火の拡大を告げる日付として記憶されています。
1815年6月22日、ワーテルローの戦いで完敗を喫したフランス帝国皇帝ナポレオン・ボナパルトが退位を宣言。百日天下が幕を閉じ、ヨーロッパの旧秩序回復へと向かうウィーン体制が決定づけられました。また1840年6月22日(旧暦表記等諸説あり)、イギリス軍が珠江口の封鎖を布告し、東アジア近代史の過酷な幕開けとなった第1次アヘン戦争へと突入していきます。
そして20世紀最大規模の悲劇とされるのが、1941年6月22日の「バルバロッサ作戦」発動です。ナチス・ドイツが不可侵条約を破棄してソビエト連邦へ急襲を仕掛け、数千万人の犠牲者を出す独ソ戦の惨禍が始まりました。こうした過去の重大事件の数々は、平和と平穏がいかに脆い土台の上に成り立っているかを現代の私たちに静かに問いかけています。
一方で、近年の日本にとって喜ばしい吉報がもたらされたのもこの日です。2013年(平成25年)6月22日、カンボジアのプノンペンで開催されていた第37回ユネスコ世界遺産委員会において、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の世界文化遺産への登録が正式決定されました。自然美のみならず、日本人の精神文化と浮世絵をはじめとする芸術的価値が国際機関によって承認された記念碑的瞬間でした。