【衝撃の歴史】白豪主義とは?有色人種を排除した理由と廃止の真相を徹底解説
【衝撃の歴史】白豪主義とは?有色人種を排除した理由と廃止の真相を徹底解説の背景について、専門知識を取りまとめてご紹介します。
白豪主義とは、ひと口で言えば「オーストラリアを白人、とりわけアングロ・サクソン系民族の国家として純粋に保つため、有色人種の移民流入を制限・排除した一連の政策や思想」を指します。漢字表記の「白豪」は、白色人種の「白」と、オーストラリアの漢字表記である「濠太剌利(豪州)」の「豪」を組み合わせた言葉です。
政策として公式に機能していた期間は、1901年のオーストラリア連邦成立から、公式に完全撤廃された1973年までの約72年間に及びます。19世紀半ばの各植民地議会で成立した反中国人法などを前身とし、1901年に連邦議会で制定された「移民制限法(Immigration Act 1901)」によって国家ぐるみの制度として完成しました。
この制度で特筆すべきは、表向きは人種差別という露骨な表現を避けながら、巧妙な行政運用によって非白人を締め出した点です。その代表例が「書き取りテスト(Dictation Test)」と呼ばれる試験制度でした。
オーストラリアに入国しようとする者に対し、税関吏が任意のヨーロッパ系言語(のちに任意の言語に変更)で50語程度の文章を口述し、それを正しく書き取らせるという仕組みです。入国を拒否したいアジア系移民に対しては、あらかじめ本人が理解できない言語(たとえば英語話者のインド人に対してゲール語やオランダ語など)を出題することで、合法的に不合格にして強制送還しました。この理不尽な試験は、1958年に廃止されるまで有色人種を排除する強力な防壁として猛威を振るいました。