北海道の県庁所在地はなぜ札幌市?函館外しの真相と道庁の歴史【2026】

北海道の県庁所在地はなぜ札幌市?函館外しの真相と道庁の歴史【2026】についての真相をご紹介します。

日本全国の都道府県庁所在地一覧を見渡した際、北海道の庁所在地として記載されるのは「札幌市」です。しかし、歴史の針を幕末から明治維新の直後まで巻き戻すと、当時の蝦夷地における政治・経済・物流の圧倒的中心地は函館(旧・箱館)でした。箱館戦争の舞台ともなった五稜郭や開港場を抱え、本州との定期航路が開けていた函館を差し置き、なぜ当時アシや原始林が生い茂る寒村に過ぎなかった札幌が首府に抜擢されたのでしょうか。

その決定的な契機となったのが、1869年(明治2年)に設置された開拓使と歴史の真相に直結する地政学的力学です。当時の明治政府が直面していた最大の軍事・外交的脅威は、北方から勢力を伸ばす帝政ロシアの南下政策でした。函館は津軽海峡に面した南端の半島に位置するため、海上封鎖や艦砲射撃を受けやすく、広大な北海道全土の防衛や開発を指揮する司令塔としては極めて脆弱だったのです。

開拓次官として絶大な権限を振るった黒田清隆や、開拓判官として現地調査に赴いた島義勇(しま よしたけ)は、全島を管轄するためには地理的な中央部である石狩平野に拠点を置くべきだと主張しました。島義勇は1869年の晩秋、円山から眼下に広がる原野を見渡し、手記や報告書の中で「この地に五州第一(世界第一)の都を築く」という強烈な決意を記しています。京都を模した整然たる碁盤の目状の都市区画を設計し、天然の良港である小樽を外港として位置付けることで、軍事防衛と内陸開拓を両立させるグランドデザインが描かれたのです。これが、なぜ札幌なのか理由を説明する最大の軍事的・戦略的ファクトです。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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