伝説の東京グランギニョル全貌解明|飴屋法水とライチ光クラブの解散真相

伝説の東京グランギニョル全貌解明|飴屋法水とライチ光クラブの解散真相にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

東京グランギニョルは、寺山修司率いる「演劇実験室◎天井桟敷」の美術・音響スタッフや「万有引力」の立ち上げを経て頭角を現した飴屋法水(あめや のりみず)氏が、1983年冬に旗揚げした劇団です。19世紀末のフランス・パリに実在した恐怖劇専門の常設劇場「グラン・ギニョール座」に由来し、怪奇、残酷、少年愛、退廃的なエロティシズム、そして冷徹な機械構造を全面に押し出した舞台空間を展開しました。

彼らが活動拠点としたのは、主に新宿の「タイニイアリス」や渋谷の「パルコ・スペース3」などの濃密な小劇場空間でした。客席数わずか80〜100席前後の密閉された空間に、巨大な鉄パイプの櫓、鳴り響く強烈なインダストリアル・ノイズ、本物の火花や血糊、薬品の臭気が充満し、観客は視覚・聴覚のみならず嗅覚や皮膚感覚までも直接刺激されることになりました。

当時の日本の演劇界は、野田秀樹氏や鴻上尚史氏らに代表される「第三世代」の軽やかでポップな小劇場ブームが席巻していました。その真逆を突き進むように、東京グランギニョルは徹底した人工美と剥き出しの狂気を構築し、観客を異様な陶酔へと引きずり込んだのです。わずか4本の本公演しか行われなかったにもかかわらず、その過激なステージングは当時の演劇関係者や若者たちに決定的なトラウマと熱狂を植え付けました。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest