なぜ国宝の城は5つだけ?現存天守12城との決定的な違いと真相を徹底解説

なぜ国宝の城は5つだけ?現存天守12城との決定的な違いと真相を徹底解説の背景について、専門知識を詳しくお届けします。

インターネット上で頻繁に見られる誤解のひとつに、「国宝に指定されなかった城は、歴史的価値が劣る二流の城である」という極端な言説があります。これは日本の文化財保護行政の歴史的経緯を見落とした誤認です。

戦前の日本においては、1897年制定の「古社寺保存法」や1929年制定の「国宝保存法」に基づき、名古屋城、岡山城、広島城、福山城、大垣城、和歌山城、さらには仙台城の大手門など、全国約20以上の天守・城郭建築が「国宝(いわゆる旧国宝)」に指定されていました。天下一の名城と謳われた名古屋城の本丸御殿や大天守は、現在の姫路城をもしのぐ規模と格式を誇っていたのです。

しかし、第二次世界大戦末期の空襲によって、これらの比類なき木造天守群は灰燼に帰しました。1950年に施行された現在の「文化財保護法」では、戦火を生き延びた建造物を一旦すべて「重要文化財」として再編し、その中から特に価値が高いものを改めて「新国宝」として厳選・再指定しました。つまり、現在の「国宝五城」とは、苛烈な戦火や天災、明治の廃城令という歴史の淘汰を幾重にもくぐり抜けた奇跡の生存者なのです。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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