錦帯橋の奥に眠る異色の名建築!岩国徴古館の歴史と見どころ徹底解剖
錦帯橋の奥に眠る異色の名建築!岩国徴古館の歴史と見どころ徹底解剖に関する専門家の意見を分かりやすく解説いたします。
岩国徴古館の真価を語る上で欠かせないもう一つの主役が、設計を手掛けた建築界の巨匠・佐藤武夫の存在です。早稲田大学大隈講堂の構造設計や旭川市庁舎など数々の名建築を手掛け、後に日本建築学会会長を務めた佐藤ですが、本作はそのキャリアの中でもひときわ特異な輝きを放っています。
着工された1940年代前半は、国家総動員法に基づく鉄鋼工作物築造許可規則などにより、民間建築における鉄やセメントの使用が極めて厳しく制限されていた時代でした。佐藤はこの過酷な足枷を前に挫折することなく、むしろ制約を逆手に取った独創的な建築手法を編み出しました。外壁にはコンクリートを節約しつつ堅牢性を高める工夫を凝らし、展示室の小屋組には鉄骨ではなく木造トラス構造を採用して大空間の確保に成功したのです。
正面玄関を見上げると、古代中南米のマヤ・インカ建築を彷彿とさせる幾何学的で彫刻的なレリーフが施され、当時の重苦しい世相を忘れさせるような凛とした気品を漂わせています。内部に一歩足を踏み入れれば、柔らかな自然光が差し込む高窓の設計や、コンクリート打ち放しの質感を生かした手摺りなど、佐藤武夫のクラフトマンシップが随所に息づいています。極限の時代に機能性と芸術性を極限まで両立させたこの建築は、1998年(平成10年)に国登録有形文化財へと登録され、現在も近代建築ツーリズムの聖地として全国から視察者が訪れています。