江戸の流しタクシー「つじかご」の正体!驚きの運賃相場と雲助の実態
江戸の流しタクシー「つじかご」の正体!驚きの運賃相場と雲助の実態にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
江戸時代の旅客交通を理解する上で混同されやすいのが、市中を走る「辻駕籠」と、街道筋を行き交う「宿駕籠(しゅくかご)」の存在です。両者は同じ人力の輸送機関でありながら、管轄する法制度、車体の耐久構造、さらには料金の決定方式に至るまで、全く異なる運用ルールで成立していました。
宿駕籠は、東海道や中山道などの五街道に設けられた宿場町(問屋場)に常備され、幕府の道中奉行の厳しい監督下に置かれていました。長距離の山道や悪路を数日間にわたって走破するため、太い樫の棒と頑丈な木組みで設計されており、重量も辻駕籠の倍近くありました。また、宿場ごとに人足と駕籠を乗り継ぐ「宿継ぎ(しゅくつぎ)」が義務付けられており、公定運賃が宿場間の距離に応じて厳密に定められていました。
対する辻駕籠は、町奉行所の管轄にあり、営業エリアは基本的に江戸市中(朱引の内側)に限られていました。構造も軽快さを最優先した竹製で、長距離移動には耐えられないものの、取り回しの良さは抜群でした。運賃も固定制ではなく、乗客と担ぎ手の事前交渉(相対対談)によって決まる自由料金制に近い運用が認められていた点が決定的な相違点です。