日本とメキシコなぜ親日?直行便・治安の実態と歴史の真相【2026】
日本とメキシコなぜ親日?直行便・治安の実態と歴史の真相【2026】の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。
「なぜメキシコ人はこれほどまでに日本人に好意的なのか」という疑問に対し、歴史の教科書には載りきらない劇的な事実が存在します。日本メキシコ歴史的関係の原点は、今から400年以上前の江戸時代初期、1609年に遡ります。フィリピン臨時総督ドン・ロドリゴ・デ・ビベロを乗せたスペイン船サン・フランシスコ号が現在の上総国岩和田村(千葉県御宿町)沖で座礁難破した際、地元の海女や村人たちが総出で乗組員を救助し、衣食を提供して手厚く介抱しました。この報を受けた江戸幕府初代将軍・徳川家康はロドリゴを手厚く歓待し、三浦按針(ウィリアム・アダムス)に建造させた洋式帆船を提供して無事にメキシコへ帰国させたのです。
その後、1613年には仙台藩主・伊達政宗が派遣した支倉常長率いる慶長遣欧使節団がアカプルコに上陸し、メキシコ各地で歓迎を受けました。しかし、近代における両国の絆を決定づけた最大の出来事は、1888年(明治21年)に締結された「日墨修好通商条約」です。
当時、日本は欧米列強と治外法権や関税自主権の喪失を伴う不平等条約を結ばされ、国権の回復に苦心していました。その渦中、メキシコはアジア諸国の中で日本を一人前の主権国家として認め、欧米以外の国として世界で初めて完全に対等な条件での条約締結に応じたのです。明治政府はこの快挙に深く感謝し、東京・永田町の一等地に広大なメキシコ大使館敷地を提供しました。現在も憲政の記念館や国会議事堂にほど近い超一等地にメキシコ大使館が存在し続けるのは、この歴史的恩義に報いた証拠です。
日本メキシコ親日の理由には、民間の草の根交流も大きく寄与しています。1897年に榎本武揚らの提唱でメキシコ南部チアパス州に入植した「榎本殖民団」の苦闘と現地住民との融合、1910年代のメキシコ革命下で現地大統領マデロ一族を命がけで保護した日本人外交官・堀口九萬一の気骨、さらには1985年のメキシコ大地震や2017年の大地震に際して国際緊急援助隊を派遣した日本と、東日本大震災の直後に被災地へ駆けつけ救助活動を展開したメキシコの民間レスキュー部隊「トポス(モグラ)」の献身など、危難のたびに手を差し伸べ合ってきた実績が、国民感情の深層に根づいています。