自民党初代総裁・鳩山一郎の真実!吉田茂との激闘と日ソ宣言の裏側

自民党初代総裁・鳩山一郎の真実!吉田茂との激闘と日ソ宣言の裏側の要点や背景を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。

追放解除後、政界に返り咲いた鳩山を待ち受けていたのは、長期政権を築き「ワンマン」と称された吉田茂の冷酷な拒絶でした。政権禅譲の約束を反故にされた鳩山派・民主派勢力と、親米・経済最優先の「吉田ドクトリン」を掲げる吉田派との間で、激しい権力闘争の火蓋が切って落とされます。

鳩山一郎は「自主憲法制定」「自主防衛」「再軍備」「対米追随からの脱却」を旗印に掲げ、吉田の対米協調一辺倒の外交路線を批判。三木武吉や河野一郎といった辣腕政治家を参謀に引き入れ、1954年に日本民主党を結成して吉田内閣を総辞職に追い込み、ついに悲願の内閣総理大臣の座を掴み取りました。

さらに革新勢力である左右社会党の再統一に対抗すべく、1955年(昭和30年)11月、保守陣営の大同団結を主導します。日本民主党と自由党が合流する形で自由民主党を結党し、鳩山はその初代総裁に就任しました。ここに、自民党と社会党が対峙する「55年体制」が誕生し、以後数十年にわたる日本の政治基盤が確立されたのです。

斉藤 蓮

斉藤 蓮

デジタルマーケティングコンサルタント

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest