細木数子の父・細木之伴の正体とは?黒龍会と生い立ちの闇に迫る
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細木数子の父親である之伴を語るうえで避けて通れないのが、実家の異様な家庭環境です。数子氏は1938年(昭和13年)4月4日、東京市神田区(現・東京都千代田区神田錦町)で生を受けました。しかし、それは決して祝福された温かいマイホームの誕生ではありませんでした。
之伴には地方に正式な本妻と家庭があり、数子氏の実母である細木よし(細木数子の母親)は、法的な婚姻関係にない「愛人」という立場だったのです。つまり、数子氏は現在で言うところの婚外子(庶子)としてこの世に生を受けました。細木数子の家族構成を整理すると、父・之伴、母・よし、そして数子氏を含む4人前後の異母・同母兄弟姉妹がひしめく極めて複雑な構成となっていました。
母・よしが切り盛りしていた細木数子の実家は、神田錦町で「銘酒屋(めいしや)」と呼ばれる飲食店でした。銘酒屋とは、名目上は酒と肴を提供する小料理屋でありながら、実態は私娼(非公認の売春)を兼ねる風俗営業の形態をとっていた店舗です。数子氏の生い立ちは、昼夜を問わず酔客や訳ありの男たちが怒号を交わし、警察の手入れに怯えながら母が命がけで金を稼ぐという、剥き出しの歓楽街の裏路地で始まりました。
父である之伴は、たまにふらりと店に現れては母・よしから金を無心し、政治的な持論をまくしたてて再び姿を消すような存在でした。後に数子氏が自著や回顧録のなかで「男の甲斐性」「裏切られても筋を通す女の意地」を強調したのは、理不尽に耐えながら自分たちを育て上げた母・よしの壮絶な生き様を骨の髄まで見せつけられて育ったからにほかなりません。