なぜ泥沼化?シベリア出兵の裏側と教科書が隠した衝撃の真相とは

なぜ泥沼化?シベリア出兵の裏側と教科書が隠した衝撃の真相とはの基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

1917年のロシア革命によって誕生したソビエト政権は、東部戦線からの一方的な離脱を宣言した。これに危機感を募らせた英仏米などの連合国は、ウラジーミル・レーニン率いるボリシェヴィキ政権を揺さぶり、ロシア国内に孤立したチェコスロバキア軍団を救出するという建前で共同出兵を模索する。時の寺内正毅内閣もこの枠組みに同調した。しかし、大日本帝国陸軍の中枢が抱いていた本音は、同胞軍の救出などという人道的な枠にとどまるものではなかった。

参謀本部はロシア極東地域を勢力圏に組み込み、満蒙の権益を北へ拡張する好機と捉えていたのである。連合国の合意であった「兵力7000人規模」という取り決めを平然と反故にし、日本は単独で10倍近い大兵力をウラジオストクからバイカル湖畔へと雪崩れ込ませた。この過大な戦力投入こそが、現地のロシア民衆を決定的に敵に回し、終わりなきゲリラ戦を引き起こす導火線となった。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest