山上徹也の自衛隊経歴と除隊の真相|護衛艦まつゆきと銃撃の接点
山上徹也の自衛隊経歴と除隊の真相|護衛艦まつゆきと銃撃の接点の概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
防衛省の公式記録および捜査関係者の証言によると、山上徹也が自衛隊に入隊したのは2002年8月21日のことでした。入隊区分は一般曹候補生ではなく、3年間の任期を前提とした任期付自衛官(当時の任期制自衛官)です。
入隊後、長崎県にある海上自衛隊佐世保教育隊で約3ヶ月間の基礎教育訓練を修了。同年12月、広島県にある海上自衛隊呉基地の第1護衛隊群(当時)に所属していた護衛艦「まつゆき」(DD-130、後に練習艦へ種別変更され除籍)の砲雷科に配属されました。
砲雷科における主な任務は、艦載兵器の保守管理や甲板作業、見張り任務など多岐にわたります。山上元被告の当時の階級は2等海士からスタートし、1等海士を経て、最終任期時には海士長まで昇任していました。当時の艦内生活を知る同僚自衛官は、捜査機関や報道機関の取材に対し、「寡黙で目立たない存在だったが、与えられた艦上整備や当直勤務は遅刻もなく真面目にこなしていた」と述懐しています。規律違反で処分された記録はなく、表向きは模範的な若手隊員の一員でした。
2004年7月には護衛艦まつゆきの乗組みを外れ、同じく呉基地内に所在する練習潜水隊の陸上補給部隊へ転属。艦艇勤務から陸上勤務へと移り、残りの任期をこの地で全うすることになります。