アンタッチャブル空白の10年|共演Ngの真相と解散しなかった理由
アンタッチャブル空白の10年|共演Ngの真相と解散しなかった理由の注目ポイントを詳しく解説してご紹介します。
活動休止に至った直接の引き金は、柴田の私生活に端を発するトラブルでした。2010年当時、柴田の元交際相手の女性をめぐるトラブルが発生し、警察からの事情聴取を受ける事態に発展したことが報じられました。後に捜査によって柴田自身の冤罪・嫌疑なしが公式に確認されたものの、事態はそれだけでは収まりませんでした。
当時所属していたプロダクション人力舎は、事実関係の調査を進める中で、柴田が当時の妻以外の女性と関係を持っていたという倫理的問題を重く見ました。コンプライアンス遵守が芸能事務所の最重要命題となりつつあった当時、事務所側は柴田に対して約1年間の芸能活動自粛(謹慎処分)という極めて重いペナルティを下す決定を下したのです。
2004年にアンタッチャブルM1グランプリ優勝を果たし、事務所のエースとして君臨していた看板芸人の不祥事は、プロダクション人力舎にとっても経営を揺るがす大打撃でした。柴田本人が後年の告白で「自分が蒔いた種であり、事務所や山崎、関係者全員に甚大な迷惑をかけた」と振り返っている通り、テレビ各局への降板挨拶や違約金の調整に奔走した山崎と事務所スタッフの苦痛は計り知れないものがありました。