郵政民営化とは何だったのか?小泉改革の真相と失敗論の現在地
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郵政民営化の全体像を理解する上で避けて通れないのが、小泉純一郎内閣が掲げた「官から民へ」というスローガンの深層です。単なる郵便局のサービス改善や経営効率化にとどまらず、昭和から平成へと続いた戦後日本の「集権的な国家システム」そのものを解体する企図がありました。
民営化以前、郵便・郵便貯金・簡易保険の「郵政三事業」は国の直営であり、約26万人もの国家公務員を抱える巨大官庁組織でした。なかでも問題視されたのが、国民から集まった郵便貯金と簡易保険の資金、実に総額約350兆円の使途です。この天文学的な資金は、大蔵省(現・財務省)の資金運用部を通じて「財政投融資(財投)」の原資となり、日本道路公団などの特殊法人や公的金融機関へと無審査同然で流し込まれていました。
当時「第二の国家予算」と呼ばれた財政投融資は、採算の取れない無駄な道路やリゾート開発、さらには官僚の天下りポストの温床となっていたのです。小泉首相が目指したのは、この財政投融資の資金パイプを遮断し、国民の預貯金を民間市場の規律の下に委ねることで、構造改革を不可逆なものにすることでした。
さらに、政治的な権力構造の解体という側面も見逃せません。全国約1万9000局に及んでいた「旧特定郵便局」の局長ネットワーク(全国郵便局長会=全特)は、自民党の極めて強固な集票マシンとして君臨していました。局長ポストが事実上の世襲となっていた構造にメスを入れ、既得権益と結びついた政治基盤を打破することが、小泉政権にとって最大の政治的標的だったのです。
2005年8月、参議院で郵政民営化関連法案が否決されると、小泉首相は間髪を入れずに衆議院を解散。「郵政民営化に賛成か反対か」のワンイシューを掲げて反対派に刺客候補を送り込み、自民党単独で296議席を獲得する大勝を収めました。こうして同年10月、激震の果てに郵政民営化法が成立したのです。