同潤会とは何だったのか?表参道を生んだ奇跡の住宅と解体の真相
同潤会とは何だったのか?表参道を生んだ奇跡の住宅と解体の真相について知っておくべき 事実を厳選して解説いたします。
Q1:同潤会アパートは全体で何か所あったのですか?
A1:東京と横浜の計16か所に建設されました。代表的なものとして青山、代官山、江戸川のほか、清砂通(江東区)、箕輪(荒川区)、三ノ輪、大塚、中野、山下町(横浜市)などがあり、総戸数は約2,800戸にのぼります。また、アパートだけでなく木造の戸建て住宅も大量に供給しました。
Q2:現在でも当時のまま残っている同潤会アパートの建物はありますか?
A2:残念ながら、建設当時の完全な姿のまま現存・居住されている同潤会RCアパートは一つもありません。すべて解体されました。ただし、表参道ヒルズの「同潤館」のように当時の部材を再利用して再現された復元棟や、各地の歴史資料館に保存された図面・パーツ展示で見学することが可能です。
Q3:なぜ「同潤会」という組織そのものはなくなってしまったのですか?
A3:日中戦争から太平洋戦争へと向かう戦時体制下の1941年(昭和16年)、政府の住宅供給政策を一元化する国策により「住宅営団」へ統合・吸収されたためです。同潤会が培った集合住宅の設計ノウハウや技術は、戦後の「日本住宅公団(現在のUR都市機構)」へと受け継がれ、昭和の団地ブームを支える基礎となりました。