斎藤仁が遺した柔道魂|54歳早逝の真相と息子・立へ託された約束
斎藤仁が遺した柔道魂|54歳早逝の真相と息子・立へ託された約束の概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
柔道界に走った衝撃は計り知れないものでした。2015年1月20日未明、斎藤仁氏は大阪府東大阪市内の病院で息を引き取りました。公表された斎藤仁の死因は「肝内胆管癌」。胆管とは肝臓で作られた胆汁を十二指腸へと送る管であり、そこに発生する悪性腫瘍は初期症状に乏しく、発見された時点ですでに進行しているケースが極めて多い難治性の病です。
異変が生じたのは2013年冬のことでした。激しい腹痛と体調不良を訴えて精密検査を受けた結果、すでに手術が困難な段階の癌であることが判明します。報道各社の取材データや関係者の証言によると、告知を受けた際、斎藤氏は取り乱すことなく「戦う相手が病気になっただけだ。絶対に一本勝ちしてやる」と、畳の上と変わらぬ勝負師の眼光を崩さなかったといいます。
抗がん剤治療と放射線治療を併用する過酷な斎藤仁の闘病生活が始まりました。屈強を誇った140kg超の巨体は徐々に細くなり、激しい副作用に襲われながらも、病室には常に柔道衣が掛けられ、国内外の試合映像が流されていました。当時、国士舘大学の教授・柔道部副部長、そして全日本柔道連盟の強化副委員長という要職にあり、ベッドの上でも学生たちの稽古メニューや代表選手の技術分析メモを記し続けていました。
2014年秋以降、病状はさらに悪化の一途をたどりました。黄疸や激しい痛みに耐えながら、最後まで意識を手放さず、見舞いに訪れた関係者には弱音を一切吐きませんでした。最期の瞬間を看取った妻・三恵子さんをはじめとする家族に対し、自らの命が尽きる直前まで感謝を伝え、まだ中学生だった次男・立選手の手を力強く握り締めたと伝えられています。