「弱い奴は死に場所も選べない」誰の台詞?ローとドフラミンゴの真実

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ローがこの言葉を吐き出した背景を理解するには、彼の凄惨な生い立ちに触れざるを得ません。

北の海の白い町「フレバンス」で生まれたローは、国の利権と偏見が招いた国境封鎖と虐殺により、医師だった両親と妹を一度に失いました。全身を珀鉛病に冒され、余命いくばくもない10歳の少年は、体にダイナマイトを巻きつけてドンキホーテファミリーのアジトへ乗り込みます。そのとき彼を迎え入れたのがドフラミンゴでした。

ドフラミンゴはローに類まれな狂気と資質を見出し、幹部総出で戦闘術、剣術、砲術、体術を叩き込みました。その過程でローの脳裏に刷り込まれたのが、「力がなければ何も守れず、死ぬことすら許されない」というドフラミンゴの冷酷な絶対論理だったのです。

しかし、その呪縛から彼を救い出した人物がいました。ドフラミンゴの実弟であり、海軍の潜入捜査官だったドンキホーテ・ロシナンテ(コラソン)です。

コラソンはローの病を治すため、命懸けで「オペオペの実」を奪取し、実の兄であるドフラミンゴの凶弾に倒れました。コラソンの最期の笑顔と遺志を胸に生き抜いてきたローですが、精神の奥底には、かつてドフラミンゴから植え付けられた「弱さへの憎悪」が消えぬ傷跡として残り続けていたのです。

パンクハザードでローが放った「弱ェ奴は死に方も選べねェ」という台詞は、たしぎに向けられたものであると同時に、「かつて弱さゆえに家族もコラソンも救えなかった自分自身」に向けた自虐の刃でもありました。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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