ディズニーシーはいつできた?開園日の真相と世界初「海」誕生の歴史
ディズニーシーはいつできた?開園日の真相と世界初「海」誕生の歴史とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを整理してお届けします。
東京ディズニーシーが誕生するまでには、計画の根本的な撤回劇が存在しました。1983年に東京ディズニーランドが開業して大成功を収めた後、運営会社のオリエンタルランドは第2パークの検討を開始します。当初、米国ウォルト・ディズニー・カンパニー側から強く提案されていたのは、フロリダなどで展開されていた映画スタジオ型パーク「ディズニー・ハリウッド・スタジオ(当時のディズニー・MGM・スタジオ)」の東京版でした。
しかし、オリエンタルランドの当時の経営陣はこれに難色を示しました。日本人の映画カルチャーに対する親和性への懸念に加え、千葉県浦安市舞浜の広大な東京湾に面した敷地を活かすには、映画スタジオの無機質なバックロットよりも、海そのものをテーマにした景観こそが唯一無二の価値を生むと判断したためです。
日米間での数年間に及ぶ激しい議論の末、ディズニーの歴史上初となる「海」をコンセプトにした完全オリジナルパークの共同開発が合意に至りました。こうして「航海」「冒険」「ロマンス」を軸とする7つのテーマポート(メディテレーニアンハーバー、アメリカンウォーターフロント、ポートディスカバリー、ロストリバーデルタ、アラビアンコースト、マーメイドラグーン、ミステリアスアイランド)が設計され、総工費約3,350億円(パーク単体、ホテルミラコスタ等を含む全体開発では約3,800億円超)という巨額の民間プロジェクトが動き出したのです。