実家の木彫り熊がなぜ今世界で争奪戦に?名品が放つ美の正体

実家の木彫り熊がなぜ今世界で争奪戦に?名品が放つ美の正体とは一体何なのか? 詳しい意味を整理してお届けします。

北海道の熊彫り文化は、偶然生まれたものではない。その歴史を紐解く上で欠かせないのが、尾張徳川家第19代当主である徳川義親の存在だ。大正時代、義親は北海道の開墾地であった八雲町の農民たちが、冬の過酷な積雪期に収入を得られるよう、旅先のスイスで見かけたペザントアート(農民美術)の木彫りを持ち帰った。これこそが、日本における木彫り熊の原点である。

現在、八雲町木彫り熊資料館に収蔵されている初期の作品群を眺めると、農民たちが手探りで木と向き合い、独自の木工芸へと昇華させていった生々しい熱量が伝わってくる。スイス直伝の素朴な意匠と、北海道の大地で培われた開拓者精神。その邂逅が、世界にも類を見ない地域独自の美術工芸を育む土台となった。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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