イースター島に木がない本当の理由!モアイ運搬説を覆す最新研究
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「環境破壊によって西洋人が到達する前に島民同士が争い壊滅した」という物語は、歴史的事実と大きく異なります。実際の人口減少の経緯を辿ると、決定打となったのは18世紀以降の外圧でした。
1722年にオランダ海軍提督ヤコブ・ロッヘフェーンが島を「発見」した際、記録には数千人の健康な島民が暮らしていたと記されています。本当の悲劇が訪れたのは19世紀半ばです。
・外来感染症の蔓延:天然痘や結核など、免疫のない病原体が島を襲いました。
・ペルーの奴隷狩り(1862年):当時の人口の約3分の1にあたる1400人以上が連れ去られ、王族や文字「ロンゴロンゴ」を読める知識層が失われました。
・牧羊業者による土地収奪:残された島民は狭い居住区に押し込められ、島全体が羊の放牧地と化しました。
1877年には、かつて1万人以上を誇った人口がわずか111人にまで激減しました。文明の破壊は内部の愚行によるものではなく、外部からの侵略と搾取がもたらしたものでした。