下條正巳の経歴と現在|竹島問題の第一人者が示す歴史的主張の核心

下條正巳の経歴と現在|竹島問題の第一人者が示す歴史的主張の核心を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を分かりやすく展開します。

下條正巳氏の功績を振り返る上で外せないのが、島根県における取り組みです。1905年2月22日に島根県告示第40号によって竹島が隠岐島庁の所管となってから100年を迎えた2005年、島根県議会は毎年2月22日を「竹島の日」と定める条例を制定しました。

この動きに連動して発足したのが、有識者からなる「島根県竹島問題研究会」であり、下條氏はその座長に就任しました。当時の研究会参加者や県庁関係者の証言によると、下條氏の研究会運営は「一切の妥協を許さない文献主義」そのものでした。少しでも曖昧な推測や情緒的な言説が混ざれば、「それは学問ではない。反論の隙を与えるだけだ」と徹底的に排除したといいます。

この徹底した学問的追及は、国境を越えた摩擦も引き起こしました。2011年8月、下條氏は自民党の新藤義孝議員らとともに、韓国側による鬱陵島の開発実態や施設を視察するため韓国・金浦空港へ向かいました。しかし、韓国政府は「公共の安全を害する恐れがある」として出入国管理法に基づき入国を拒否。空港の送還待機室で約9時間にわたり留め置かれ、そのまま日本へ送還されるという国際ニュースに発展しました。

公の場で見せた表情は冷静そのものでしたが、後の著作や講演会では「学術的な実地調査すら政治的理由で拒否せざるを得ないほど、向こうの議論の足元は揺らいでいる」と述懐。現場で自ら身体を張り、議論の非対称性を国際社会へ可視化させた象徴的な出来事でした。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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